雑感雑感

何気なく思ったことなど個人の感想を取り留めもないことですが書き留めてみました。
深く考えたことでもないのでその程度に読んでください。

プロは何故うまい・・?

多くの皆さんはプロはダンスが上手いのが当然だと思ってらっしゃることでしょうね。
何でかというとプロだから・・・(笑)。
でも違います。

本当のことをいうとプロが上手いのはそれなりの練習をしているからです。
練習をしないとプロも下手になるし、アマチュアの方でも練習をしっかりしている方は上手です。
特別なダンスの才能などほんの一握りの方にあるかないかくらい・・とあえて言います。
多くの場合でいえば練習を継続できる才能のほうがずっと重要だと思います。

繰り返し申し上げますが練習あるのみです。
みなさんは限られた少ない時間の中でやりくりしておられるだけであって、プロと同じ条件を与えられていたら今より格段にハイレベルになっていたはずです。
持って生まれた才能はそんなに違いはありません。

今からでも正しく、効果的な練習でロスを少なくして、繰り返し筋肉や神経に刷り込んでいくことが大事です。
いかに効果的に練習するか・・そこは頭の使いどころです。

スポーツダンスについて

私がダンスを習い始めた昭和40年代の終わり頃は、東京にもまだダンスホールがたくさんありました。
残念ながら今は2店を残すのみとなってしまいました。
もう少し前の世代の方は大学の”ダンパ”などでダンスを楽しんだというはなしを良く聞きました。
初めて行ってもその場のレクチャーですぐに踊れるジルバやマンボのような簡単なものだったようですが、ずいぶんと若者が多かったようです。

私がシャルウイ・ダンスの役所弘司さんのように、新宿歌舞伎町入口のダンス教室に飛び込んだ頃は、場所柄なのか男女共ほとんどが20代の生徒でした。30代以上は少なかったのですがその先輩などが颯爽と踊る姿をまぶしくみていたものです。
同世代の生徒同士、先輩や先生も交えて楽しい時期を過ごさせていただきました。
その頃もプロ、アマチュアの競技ダンスは盛んに行われていましたが、一般的にダンスを習うということは文字通り社交の為、遊びの為と考えていた人のほうが圧倒的に多かったように思います。

今、社交ダンスといえば中高年の代名詞のようになっていて、若い方が少なくなったのは残念なことです。
その理由としていろんな方が意見を述べられていますが、要約すると次のようなことになるのでしょうか。

1.スポーツや趣味の分野で多様な選択肢が増えた
1.相手が必要なのでわずらわしい、又は相手がいない
1.種目が多いし、楽しめるくらいに覚えるまでがたいへん
1.費用がかかる

確かにそういう面はあります。
でもプラス面もたくさんたくさんありますし、
何と言っても健康面・・・前進、後退、上下、回転の全ての動作を網羅していてバランスが良いのがダンスです。

良くテレビで健康番組を見かけますが、身体に良い食材や生活習慣などを指導されていても最後には必ず”適度な運動が必要”と締めくくられます。
また日常とは少し離れたところでリフレッシュしたりコミュニケーションすることは”適度な心の運動”ともいえるのではないでしょうか。

マイナス面を少しでも改善しながら、老若男女がそれぞれの目的を持ちながら共に楽しめるようになれば良いですね。

またそれに向け努力されているダンス組織の方々、個人の方ありがたいです。

知ってることと出来ることは違う


もしあなたがコーチャーだったとしたら持っている多くの知識や理論を伝える能力があれば大丈夫です。
もちろんご自分の身体で表現して見せることも重要ではありますが、その部分はだれか例えばチャンピオンのビデオを引用して説明や解説をすることも可能です。

でもあなたがプレーヤーであろうとするのなら知ってる知識や理論だけではすぐには役にたちません。
それをご自分の身体で表現できてはじめて”身についた技”となります。
そこには繰り返しの努力以外の方法はないと私は思います。

1回や2回の練習で出来るようなことならだれでもすぐできます。
繰り返しの反復練習しかありません。
その努力を続けられることこそ才能です。

もう歳だから・・

これは私にももろに降りかかってくることですが、厳しい現実は確かにあります。
筋力や反射神経は確実に衰えてきますし、老眼もその年代になると残念ながらちゃんとやってきます。
体力は25歳くらいがピークで、一般的には40歳代から肉体の衰えが自覚できる程に顕著になると言われています
一本一本の筋繊維が痩せて細くなって行くことにより力強さや素早く動いたりができにくくなります。
特に下半身は何もしなければ3倍のスピードで落ちるそうです。
それでなかったらスポーツ選手が引退などするはずがありません。

落ちる一方では希望も何もありませんが、でも気の持ちようと努力でその落ち方は相当違ってきます。
事実年齢以上に動ける方はたくさんおられます。
その方達はきっと隠れた努力をされているのでしょう。
そしてその差は年齢を重ねる程大きくなります。
もう歳だからと思ってあきらめた時点で自分の可能性の芽を摘んでしまっています。
あえて言いますが年齢を重ねる程努力しなければなりませんし、それは誰かが替ってやってあげることも出来ません。

私も若い人のように身体が動かなくても、できる努力を続けて生涯ダンスを楽しむプレイヤーでいたいと願っています。
そして自分のイメージに少しでも近い動きのほうが楽しいですから、そのための努力は続けています。
もういいや・・と思った時点でENDです

スカイツリーとテしビ

東京スカイツリーは電波を発信し、われわれの各家庭はその電波を受けてTVを視聴しています。

電波塔がいくら高画質な電波を送っても受ける側のTVの性能が低いと私たちは良い画像を見ることができません。
またその反対にいくら良いTVをもっていても電波塔の性能が低かったり途中に障害があったりすると、やはり良い画像は得られません。

これはダンスの教える側、教わる側にも同じことが言えます。
教師側は生徒さんの求めに応じて質の高いレッスンを心がけ伝えるような努力が必要ですし、生徒さんは自分の理解できないことでも一旦受け入れてやってみることでステップアップにつながります。

またパートナーシップにも同じことが言えます。
男子は女子が気持ち良く踊れるように良い電波・・すなわち良いリードをしなければ伝わらないし、同時に女性も男子が気持ち良くリードできるようにしなければなりません。
勝手に動いたり、又動かなかったりして男子に余計なことを考えさせることなく、リードに集中させてくれることが必要です。
勝手な動きをした挙句、相手のリードが悪いとか文句をいう人もいます。

片方が一方的に悪いということはほとんどありませんので、それぞれの発信と受信の関係をそれぞれスキルアップして性能をあげて行く努力が必要です。
その為に自分の欠点は改善して行きましょう。
私からだが硬いの・・・とか自覚していたら何とか柔らかくするようなある程度の努力は必要です。
自分のことをさておいて相手にのみ性能の向上を要求するのはアンフェアです。

社交ダンスはなぜ半分身体をずらすか

これはもうBallroom(舞踏室)を大きく動く為に考え出された方法であることにつきます。

もちろん密着度の大きいスタンダードに限ってのはなしで、動きの少ないラテンは相手と正対しますし、動きの大きなサンバやパソ・ドブレなどは相手とのスペースが確保されていますので動くのに支障はありません。

クラブダンスであるサルサやアルゼンチンタンゴなどのペアダンスも相手と正対します。
大きく動かないのでサイドリーディングなどは逆にNGです。

私の想像ですが大きく動くには相手が正面にいたら無理ですので半分ずらした。
そしてさらにトップを広げることによって、独特の立体的で美しいフォルムを獲得したのではないでしょうか。

春の小川

春の小川はさらさら行くよ~・・という歌があります。
いかにも清らかで澄み切った流れを連想できて清々しいです。

私たちの身体もこのように血液の流れやリンパの流れ、気の流れなどがさらさらと淀みなく流れたらどんなに爽やかでしょう。
反面流れの滞った淀みはガスなどの有害物質が発生し、環境を著しく損ねます。

身体の中の淀みは血液の淀みや血栓、あるいはがんや成人病を引き起こします。
又、古来”気の滞りの病”とは文字通り病気を指します。

最近TVで健康番組がたくさん放送されていますので私も好きで良く見ています。
いろんな身体に良い食材や健康法が紹介されていますが、必ず最後は”適度の運動”を行ってください・・・ということで終わります。

私は普段はまあ動いている方だとは思いますが、年末年始などで何にも動かないで食べてばかりだともう3日程で身体の中が淀んでくるのがはっきりわかります。
そんな生活を続けていたらあっという間にどぶ川のような身体になるでしょう。

私は社交ダンスこそ最良の健康法と、いささか我田引水なところはありますが思っています。
良く寿命に対して元気でいられる健康年齢が大事といわれます。
若いうちは何もしなくても得られていた健康は、歳を重ねるごとに相応の努力が必要になります。

万が一の介護費用を用意するなら、その何分の1でもその予防のための運動に振り向けるのも賢い選択だと思います。
その努力もしないで身の不幸を嘆くのは止めようというのは私の考えです。
きっと日々ダンスを楽しんでいる方たちもおそらく同じ思いでしょう。
それでも駄目だったら仕方ないことです。


社交ダンスよもやま話!